ミニマリストは「我慢」じゃない!不便益の中に隠された意外な面白さとは?

「ミニマリストって、結局何が楽しいんだろう…?」そう思っていませんか?モノを減らすのは良いけれど、なんだか味気ない生活になりそうで、なかなか一歩を踏み出せない。そんな風に感じている方もいるかもしれませんね。

実は、私も少し前まで同じように考えていました。ミニマリストは我慢の連続で、楽しむことなんてないんじゃないかって。でも、実際に ミニマリストな生活を試してみたら、意外なところに面白さを見つけたんです。それは、不便さの中に隠された、ちょっとした工夫や発見を楽しむこと。

この記事では、私がミニマリスト生活で見つけた、予想外な「楽しみ」についてお話しします。きっと、あなたのミニマリストに対するイメージが変わるかもしれませんよ。

大好きなことに集中するために生きよう ◇◇◇汚部屋を整理すれば「モノ」「人間関係」「お金」のストレスから解放される◇◇◇

ミニマリストは「我慢」じゃない

イメージ

少し前まで、僕はミニマリストという生き方に、どこかストイックなイメージを持っていました。「好きなものを手放して、一体何が楽しいんだろう?」と。むしろ、我慢ばかりの生活のように感じていたのが正直なところです。

ミニマリストの基本は、生活に本当に必要なモノ、サービス、習慣だけを選び取り、それ以外のものには極力頼らないスタイルですよね。もちろん、部屋がすっきりしたり、無駄遣いが減ったりといったメリットは理解できるものの、そこに「楽しさ」という要素は見当たらないと考えていました。

ミニマリストは楽しむものではない

少し前まで、ミニマリストは楽しむものではないと考えていました。むしろ、楽しめる要素が見当たらないと感じていたのが正直なところです。なぜなら、ミニマリストとは不要なモノ、サービス、習慣を手放し、新たに持たない生き方だからです。

不必要なものに費やす時間や空間を減らし、本当に大切なものに注力できる環境、節約、部屋が広くなるなどの利点はあるかもしれませんが、そこに直接的な「楽しみ」はないと思っていました。

ちなみに、

  • 不必要なモノにかける時間やスペースを減らすことができる
  • 本当に大切にしたいモノに時間をかける環境を作れる
  • 節約できる
  • 部屋が広くなる

…といったメリットもあるようですね。

ミニマリスト生活で「不便」がくれた新しい発見

ところが、実際にミニマリスト的な生活を試してみる中で、意外なところに楽しみを見つけたんです。それは、あえて生まれた「不便さ」を工夫して乗り越える過程でした。

ミニマリストを目指す過程で、本当に多くのモノを手放しました。着なくなった服、履かない靴、使わない鞄、出番のない食器類…「なくても困らないかも」と思ったものは、どんどん手放していきました。

もちろん、キッチン用品の断捨離も検討しました。「自炊なんて面倒だし、いっそ全部処分してしまおうか」と最初は思ったのですが、当時の僕は金欠の大学院生。外食ばかりしていては生活が立ち行きません。結局、「必要最低限」のキッチン用品だけを残し、他は手放すことにしました。

ちなみに、最終的に残したのは、

  • フライパン
  • 菜箸
  • ピーラー
  • おたま
  • 料理用バサミ
  • ザル

…これだけです。

包丁とまな板は料理用ハサミで代用できると考え、計量カップも「なくても何とかなるだろう」と判断しました。

そして、キッチンで料理をするうちに、すぐに2つの問題に直面しました。

  • 軽量カップがないので加える調理量の正確な量がわからない
  • 包丁が必要な料理が作れない

つまり、シンプルに料理をする上で「不便」を感じるようになったのです。しかし、この不便な状況こそが、いくつかの面白い発見をもたらしてくれました。

まず、計量カップがないので、調味料や水を加えるたびに味見をするようになりました。以前はレシピ通りに作るだけで、味見なんてほとんどしなかった僕が、自分の舌で確かめながら料理をするようになったのです。これが意外と楽しくて、以前よりも自分の好みに合った料理を作れている気がするんですよね。

また、料理用ハサミで切れない食材があるという制限も、料理の質を上げる(と自分では思っています)きっかけになりました。例えば、硬い食材を使わないレシピを考えたり、下ごしらえを丁寧にするようになったり。この微妙な制限の中で工夫することに、面白さを見出したのです。制限があるからこそ、知恵を絞り、スキルを磨くことができる。それに気づいたとき、「制限のある生活って、意外と楽しいかも!」と感じました。

スポーツも人生も?制限の中にこそ面白さがある

僕たちは、普段の生活の中で「制限のおもしろさ」を無意識的に体験しているのではないでしょうか。

例えば、「スポーツ」。サッカーは手を使ってはいけないという明確な「制限」がありますよね。その制限があるからこそ、足技や戦略、チームワークといった要素が生まれ、あの奥深い面白さが生まれるのだと思います。もし手も自由に使えたら、全く別のスポーツになってしまうでしょう。

このように、「制限」を課すことで、私たちは自分にできることの幅を広げたり、制限を乗り越えるためにスキルを磨いたり、新たな思考を生み出したりすることができます。そして、それは決して苦痛なことではなく、むしろ楽しいと感じる瞬間があるのだと思います。

まとめ

ミニマリスト的な生活を送る中で、「制限」の中に意外な面白さを見つけた経験について書きました。

「制限のある生活」は、工夫次第で私たちに新しい発見や成長の機会を与えてくれます。

ただし、何でもかんでも制限すれば良いというわけではありません。例えば、洗濯機を洗濯板に変えるように、単に手間が増えすぎたり、余計な時間がかかりすぎるような制限は、本末転倒かもしれません。

大切なのは、「不便さ」の中に潜む「面白さ」や「学び」を見つけること。そして、自分にとって本当に価値のあるものを見極め、より豊かな生き方を選択することなのかもしれません。